12月1日(金)
台南(安平老街・赤嵌楼・孔子廟等)


            
  烏山頭ダムから台南駅前のホテルに戻ったのは12時半ごろ。部屋で休憩して午後1時ごろから台南市内の観光に出かけました。
 台南は台湾の中でも最も早くから開けたところの一つです。その歴史は、17世紀前半にオランダが今の安平に城塞(現在の安平古堡)を築いたことから始まります。オランダの支配は台湾全土に亘りその後40年近く続いたが、17世紀の中頃に清に敗れて大陸を追われた明の武将、鄭成功がオランダを破り台南を始めとする台湾全土を領有することになり、台南が政治・経済・文化の中心となりました。その後17世紀も末に近づいたころに鄭氏に代わって清が台湾を統治するようになったがやはり治所は台南で、それは19世紀末に日清戦争により台湾が日本に割譲されるまで続きました。
 このように台南は長い間台湾の中心的な都市だったため昨夜のように見どころは沢山ありますが、午後の限られた時間なのであまり欲張らずに、まずは安平方面、その後赤嵌楼や林百貨店などを回る予定にしました。足は今朝からチャーターしているタクシーです。

 
【窄 門】
ここは孔子廟の近くにあるカフェで”窄門”というところ。
午前中の烏山頭水庫訪問の参加者は長女を除く三人でした。長女は歴史やインフラなどにはあまり興味がなく、一人で台南の街を散策し、このカフェに入ったとのことでした。

【狭き門より入れ】
カフェの名前から想像できるように、入り口は非常に狭い。新約聖書マタイ伝の故事に因んだのではないかと想像されます。そういえば”狭き門”という小説もありました。

【窄門のメニュー】
メニューです。少々年季が入っています。

【オーダーした飲み物】
注文したのはカフェラテだったそうでした。
【台南大飯店】
 長女とはホテルのロビーで待ち合わせをして、
四人揃ったところで午後1時過ぎにタクシーでホテルを出発し散策に出かけます。

【安平老街の入口】
 安平まではタクシーで20分ほど。
運転手さんは気を利かして安平樹屋の前まで行ってくれたが、
皆さんあまり興味がないようで安平老街の方に移動しました。
近くには歴史的な安平古堡がありますが、これもパスして安平老街を歩きます。

【延平街】
安平老街のメインはこの延平街です。オランダ統治時代の城下町で、台南すなわち台湾で最も古い町並みだそうです。大体こんな感じでいろいろな店が並んでいます。

【延平街104巷】
延平街を少し歩いてから左の路地に入ってみました。延平街104巷という道です。予備知識なしですが、何かいわくがありそうな建物が幾つかあります。これもそうで樹王と書かれていて大きな木がある家です。

 
 【路地の家のお守り?】
 少し奥の家にはこんなものが・・・。何でしょうか?

 
 【烘爐咖啡館】
 店頭に何かユーモラスな人形を置いている烘爐咖啡館。

 
 【伯龍坊】
 延平街を小1時間ほど歩いて入口の方に戻ってきました。
もう午後2時を大きく回っていますので食事をすることにしました。
ちょうど右手に伯龍坊という店(写真の右端)があったので入ります。

【伯龍坊の中(1)】
お店の中はこんな感じです。写真はネットから拝借したので客は写っていませんが、大変繁盛していました。

【伯龍坊の中(2)】
壁の置物や飾り物です。

【メニュー】
写真のメニューに品数を記入して注文します。

【日式の緑茶】
台湾のお茶はとても甘いので口に合いません。日式と注文しなければ我々にとって普通のお茶は出てきません。

 
【お昼ごはん】
注文したのはこれらの4品
チャーハン、牡蠣の揚げ物、蟹玉みたいなもの、うどんのような麺。

赤嵌楼の入場券】
安平老街の次は赤嵌楼に向かい、到着したのは3時過ぎ。早速入場券を買って入ります。

入口の案内板
入口の左にある案内板です。

 
プロビンシャ城
 昔オランダが安平にゼーランジャ城を築き始めたのは1624年のことでした。
その翌年にこの地にプロビンシャ城を着工しています。
この二つの城塞の完成によりオランダの台湾支配は次第に拡大していきます。

 
赤嵌楼(海神廟)
 ゼーランジャ城とプロビンシャ城のまわりには城下町が発展し、それが今の台南の基となっています。
今の赤嵌楼の建物は19世紀の後半に建てられたもので、写真の海神廟とその隣にある文晶閣の二つがあります。
訪れたとき、文晶閣は塗装工事をしていてシンナーの匂いがすごかったです。

 
プロヴィンシャ城正門跡
プロビンシャ城の正門跡です。1944の日本統治時代の修復時に発見されたものです。
これは文晶閣の基部にあります。
このほかに砲台跡なども発掘されています。

【鄭成功議和図】
オランダは40年ほどの統治のあと、清から追われて台湾に向かった鄭成功(正面の人物)に敗れて降伏します。1662年のことでした。これはその時のことを再現したもので1983年の作品です。

【オランダの降伏】
右に立っている鄭成功に左のオランダが降伏しています。もともとは跪いていたらしいですがオランダの抗議でこのような形になったということです。それにしても現存する他民族をこのような姿で表現するのはいかがなものかとは思います。

【林百貨店】
 二つの台南発祥の地を見たあとは林百貨店へ。民族路二段と忠義路二段を走って5分足らずで着いた。
林百貨店は中山路と忠義路二段との交差点に建つ1932年創業の百貨店でした。
戦後、空きビルとなっていたが2014年特産品販売施設「林百貨」として開業、
文化創作の新しいスタイルの百貨店として再活用されています(Wikipediaより)。
一応中に入って2階を見回りました。

【台湾土地銀行 台南分公司】
 林百貨店の向かいには台湾土地銀行台南分公司がある。
これは日本統治時代の1937年に建てられた日本勧業銀行台南支店があった建物です。
台北にもこれとそっくりな建物がありました。


【孔子廟】
林百貨店のあとは運転手さんの案内で孔子廟に行きました。上は孔子廟の全体平面図です(パンフレットより)。

【東大成坊】
この孔子廟は鄭氏の時代の1665年に創建されたもので、台湾では最も古い孔子廟です(全臺首學とも言うそうです)。南門路に面した東大成坊から入ります(写真はパンフレットより)

【大成門】
 東大成坊から入ったところは大きな木が茂る、庭園のようなところでした。
大成殿へは大成門から入ります。入場料は25元。

【大成殿】
 孔子が祀られている、孔子廟の中心を成す本殿(と言うのかどうかわからないが)です。
大成殿のまわりは典籍庫や書院などの建物が取り囲んでいます。
創設以来幾多の変遷の後、日本統治時代の1917年に大規模な修理が行われて現在の形になったようです。

【泮宮石坊】
 孔子廟のあとはその前にある府中街の散策です。
南門路を挟んで孔子廟の向かいにあるのが泮宮石坊です。府中街の入り口です。
ところがこの泮宮石坊はもとは孔子廟の入り口だったらしいです。

日本統治時代に南門路を造成する際、ここに移したとのことです


【府中街(1)】
府中街を歩いてみたが、思ったよりも人通りが少なかった。平日のためかも知れないがお店の数も少なかった。

【府中街(2)】
通りには緑が多い。デイゴと言う木で3月には赤い花が咲くそうです。
府中街散策で今日の予定はお終いです。タクシーでホテルに戻ったのは午後4時半ごろでした。料金を払って1日お世話になった運転手さんとお別れです。

【勾勾鍋】
ホテルで少し休憩してからスーパーへ買い物に行き、ホテルに戻ってから午後7時半過ぎに夕食に出かけました。今日は鍋料理で”勾勾鍋”というところへ行きました。

【店の様子】
ホテルを出て北門路一段を南に東門圓環まで行き、府前路一段を少し西に行ったところです。食事時でもあり、なかなか賑わっていました。。

【まず台湾ビール】
 今日は朝から歩き回ったので、まずは冷たい台湾ビールを戴きます。

【メニュー(1)】
鍋のスープを2種類選びます。

【メニュー(2)】
次は具です。お肉や魚介類、野菜・きのこなどを選びます。

【鴛鴦火鍋】
 鴛鴦火鍋です。辛いスープと辛くないスープを同時に味わうものが一般的ということです。
見た目ほどの激味ではなく、割合まろやかでした。

【北門路一段の夜景】
 食べ終わった後はホテルに戻ります。
北門路一段は
電気屋さんが多く、大阪の日本橋といったところの雰囲気でした。
いろいろ雑貨を見ながらホテルには午後9時過ぎに戻りました。

長かった2日目も終わりました。

     

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